アート・メディア論

本コースには大きく言ってふたつの柱があります。ひとつめの柱は、映像・空間メディア・サイバーメディア等これまで人文学や芸術学の分野では十分に扱われてこなかった領域、新しく形成され社会的重要度を高めつつある領域の研究拠点を形成し、現代アート・メディアの諸問題を専門的かつ実践的な視点から教育していくことです。ここでは既存の芸術論の枠を超え、社会的現実により密着したメディア・リテラシー等の理論学習をおし進める一方、コンピュータによるメディア処理能力を高めるための実習をも合わせて行うことが主要な目的となります。ふたつめの柱は、文化政策もしくは芸術計画に関する多角的研究です。つまり絵画・演劇・映画・文学テクストといった芸術作品を自律したものとしてとらえるのではなく、アート・メディア全般の製作および受容の具体的プロセスに着目することによって、その文化的・社会的な機能の解明をめざすわけです。ここでは作品の分析や解釈以上に、作品を刊行・公開・上演する際の政策(ポリシー)とシステム、およびそれらを介した作品と受容者との力動的な関係が問題の中心に据えられます。

前者が多岐にわたるアート・メディアのいわば「中身」を扱うのに対して、後者は作品そのものではなく作品の「外側」あるいはそれが位置すべき「環境」を問題にすると言ってよいかもしれません。ただし本コースに所属する学生諸君はどちらか一方を専攻すると言うより、むしろ2本の柱をともども自らの支えとすることで、最終的には芸術的実践をモデルにした人間と社会との連携を各人なりに模索し構想する水準にまで到達する(少なくとも到達すべく努力する)ことが求められるでしょう。

以上の理念に基づき、本コースはアート・メディアに関する深い理解と幅広い知識(既存の学問的ディシプリンを含む)を身につけ、専門性と実践的能力を生かしつつ社会で活躍できる人材の育成をめざします。

教員紹介

教授 藤岡 穣 教授 輪島裕介 教授 桑木野 幸司 准教授 古後 奈緒子 准教授 東 志保

教授 藤岡 穣

ふじおか ゆたか
1962年生。東京芸術大学大学院修士課程修了。芸術学修士。大阪市立美術館学芸員、大阪大学大学院文学研究科助教授、同准教授を経て、2009年4月より現職。1991年に第3回国華賞、2014年に大阪大学総長顕彰受賞。
専攻:東洋美術史
p_fujiokayu2019.jpg
研究紹介
東アジアの仏教美術を、主に様式と技法という美術史固有の研究手法によりながら研究している。特に近年は金銅仏について、成分分析をはじめとする科学的調査に基づいて制作地・年代を再検討する研究を行ってきた。今後は新たに人工知能による仏像の様式解析も試みたいと考えている。なお、様式や技法にしか関心がないわけではなく、日本では聖徳太子や山岳信仰に関わる美術、中国ではソグドに関わる美術について、彫刻と絵画のジャンルを超えた、そして文学や歴史学などの隣接諸学と連携した研究も行っている。
メッセージ
美術史は感覚的な研究だと思われるかもしれない。美術史を学ぶには確かに感性も必要だが、基本的な研究のあり方は歴史学と共通する点が多い。異なるのは文字よりモノから知り、考えるという点。私たちの生活を振り返ると、文字よりもモノにあふれている。そのモノの発するメッセージに耳を傾けること、モノとの対話が美術史の根幹であり、醍醐味だと思っている。なお、日本・東洋美術史の専門分野で大学院に進学する学生は、多くが学芸員を目指している。
主要業績
「飛鳥寺本尊 銅造釈迦如来坐像(重要文化財)調査報告」(『鹿苑雑集』19、2017年)、「曹仲達様式の継承――鎌倉時代の仏像にみる宋風の源流」(アジア遊学208『ひと・もの・知の往来 シルクロードの文化学』、2017年)、「中国南朝造像とその伝播」(『美術資料』89、2016年)、「興福寺南円堂四天王像の再検討―新たな運慶イメージの構築―」(『フィロカリア』30、2013年)、「興福寺南円堂四天王像と中金堂四天王像について」(『国華』1137・8、1990年)。
概説・一般書
『週刊朝日百科 国宝の美28 彫刻11 快慶と定慶』(朝日新聞出版、2010年)、秋田茂・桃木至朗編『歴史学のフロンティア 地域から問い直す国民国家史観』大阪大学出版会、2008年)、茨木市史編さん委員会『新修 茨木市史 第9巻 史料編 美術工芸』(茨木市、2008年)、大阪市立美術館監修『聖徳太子信仰の美術』(東方出版、1996年)、以下展覧会カタログ『アンコールワットとクメール美術の1000年展』(大阪市立美術館ほか、1997年)、『中国の石仏 荘厳なる祈り』(大阪市立美術館、1995年)、『国宝葛井寺千手観音』(大阪市立美術館、1995年)。

2020年 8月更新

教授 輪島 裕介

わじま ゆうすけ
1974年生。東京大学大学院人文社会系研究科(美学芸術学)博士課程単位修得退学。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員、国立音楽大学ほか非常勤講師、2011年4月大阪大学文学研究科准教授を経て、2021年4月より現職。
専攻:音楽学
p_wajima
研究紹介
民族音楽学・ポピュラー音楽研究。特に非西洋地域の大衆音楽について。現在の主要な関心はレコード産業成立以降の近代日本の音楽で、2010年に「演歌」というジャンルの形成についての著書を刊行しました。元々はブラジル北東部のアフロ系音楽について、ローカル/グローバルの相関という観点から研究してきました。最近は、現代日本のポップ・カルチャーの海外での受容や、ヨーロッパ・南米・アフリカ(場合によってはアジア)を結んで近年形成されつつある「ポルトガル語圏」音楽にも興味を持っています。
メッセージ
大衆音楽は、それぞれの地域・時代の社会構造やメディア編制や文化的価値体系のなかで、常に揺れ動いています。こうした「ナマモノ」を扱うには、相応の道具立てとそれを使いこなす知恵と技術が必要です。ポピュラー音楽研究は若い学問分野ですし、民族音楽学が「近代」を問題にしはじめたのも最近です。必然的に隣接領域からの「借り物」が多くなります。そして、借りたものは返す必要があります。生産的で知的な貸し借りを行ううえで、総合大学の文学部という環境は非常に望ましいものであると信じています。
主要業績
『創られた「日本の心」神話』(光文社新書、2010年、サントリー学芸賞受賞)、「クラシック音楽の語られ方」(渡辺裕・増田聡ほか『クラシック音楽の政治学』青弓社、2005年)、「音楽のグローバライゼーションとローカルなエージェンシー」(『美学芸術学研究』第20号、2002年)、「日本のワールド・ミュージック言説における文化ナショナリズム傾向」(『美学』第52巻4号、2002年)、「音楽による民族=地域的『文化』の創出―ブラジル・サルヴァドールの事例から」(『美学』第50巻4号、2000年)。
概説書・一般書
事典項目「現代の民族音楽学」「日本のワールドミュージック」「祝祭文化の政治性」(『事典・世界音楽の本』岩波書店、2007年)、事典項目「ライブ」「ワールドミュージック」(『音の百科事典』丸善出版、2006年)、論考「『はっぴいえんど神話』の構築」(『ユリイカ』2004年9月号)、論考「100%NEGRO?:現代ブラジルにおける『アフロ・アイデンティティ』の諸相」(『季刊エクスムジカ』第4号、2001年)。

2021年 4月更新

教授 桑木野 幸司

くわきの こうじ
1975年生。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了(西洋建築史)。ピサ大学大学院博士課程修了。Dottore di Ricerca in Storia delle arti visive e dello spettacolo(文学博士(美術史)・ピサ大学)。Kunsthistorisches Institut in Florenz研究生を経て、2011年4月より現職。
専攻:西洋美術・建築・庭園史。
p_kuwakino2019.jpg
研究紹介
初期近代イタリアの庭園空間における知識の表象の問題を中心に、美術・建築・都市に関する諸テーマを広く考察対象とする。建築とは違い、庭は少しでも手入れを怠ると、たちまち形を失い、人が手を加える前の自然の姿に戻ってしまう。まさにそれゆえに、庭は文化のもっとも繊細な表現であり、各時代の芸術・思想を凝縮して体現する特権的な場として機能してきたといえる。そんな過去の庭の姿を生き生きと蘇らせ、美術・建築・哲学・文学・科学といった多様な領域が創造的に交錯する瞬間をとらえてみたいと考えている。
メッセージ
えてして美術史家は作品だけを見、建築史家は器だけを見る傾向にあります。でも、美術作品が置かれた「場所」にも注意を向けてみると、いろいろな発見があります。彫刻や絵画の展示空間としても使われることが多かった庭園や街路や広場といった屋外空間は、図面や写真を机上で眺めるのと、実際に自分の足で歩いてみるのとでは、ずいぶんと印象も変わってきます。常に視野を広くたもち、全身で考察対象を体感・経験してゆく、そんな軽やかで敏捷な知性を、美術史研究を通じて培ってほしいと思っています。
主要業績
Koji Kuwakino, "From domus sapientiae to artes excerpendi: Lambert Schenkel’s De memoria (1593) and the Transformation of the Art of Memory", in A. Cevolini (ed.), Forgetting Machines: Knowledge Management Evolution in Early Modern Europe, Leiden/Boston, Brill 2016, pp. 58-78.桑木野幸司『叡智の建築家:記憶のロクスとしての16-17世紀の庭園、劇場、都市』、中央公論美術出版、2013年;Koji Kuwakino, “The great theatre of creative thought: the Inscriptiones vel tituli theatri amplissimi … (1565) by Samuel von Quiccheberg”, Journal of the History of Collections, no.25(3), 2013, pp. 303-324;桑木野幸司、「天国と地獄の想起:C・ロッセッリ『人工記憶の宝庫』における視覚芸術からの影響について」、『西洋美術研究』、2013、No. 17、pp. 91-110;L’architetto sapiente: giardino, teatro, città come schemi mnemonici tra il XVI e il XVII secolo, Firenze, Olschki 2011.
概説・一般書
アンドルー・ペティグリー著、桑木野幸司訳、『印刷という革命:ルネサンス時代の本と日常生活』、白水社、2015年、稲川直樹、桑木野幸司、岡北一孝『ブラマンテ:盛期ルネサンス建築の構築者』、NTT出版、2014年;「建築的記憶術、あるいは魂の究理器械─初期近代の創造的情報編集術とムネモシュネの寵児たち─」『思想』(岩波書店), 2009年10月号, pp. 27-49;「プロスペローの苑:初期近代の幾何学庭園における世界表象」『建築と植物』INAX出版社, 2008年10月, pp. 146-168.

2021年 9月更新

准教授 古後奈緒子

こご なおこ
1972年生。2004年大阪大学 文学研究科文化表現論(美学)修了、修士(文学)。京都造形芸術大学、大阪外国語大学、龍谷大学、神戸市外国語大学、奈良大学、神戸女学院大学等の非常勤講師、2014年より大阪大学文学研究科助教を経て、2017年4月より現職。
専攻:舞踊学
p_azuma2021.jpg
研究紹介
舞踊史、舞踊理論研究と現代のダンス、パフォーマンスの批評の間を行き来して活動しています。舞踊史では、1880年代以降の舞台舞踊に現れる諸変化を、ジェンダーやテクノロジーなどの社会的な観点から捉え直しています。また、激変するメディア環境と身体の関係に関心を寄せながら、現代の舞台芸術にも瞠目しています。
メッセージ
いまや、メディアやロボットなど技術的拡張の中で注目を集めることの多いダンスですが、生身のボディはまだまだ問題です。ボディは人間と環境をつなぎ、同時に社会の利害関心と矛盾を引きよせます。ダンス・スタディーズは、この魅力的ながら恐ろしく面倒くさい身体を拠り所に、試行錯誤を続けてきました。活動を自分で評価し社会に訴えたいダンサーから、運動のしくみを解明したい技術者まで。そうした歴史的野心と付き合いながら攪乱するように個々の下心を展開できるのは、本講座なのかなと思っています。
主要業績
「エレクトラとダイナモの結婚 --ウィーン国際電気博覧会における電気劇場のバレエ」(『近現代演劇研究』vol.10、2022年)、「二つの『七つの大罪』—バランシンとバウシュが二人のアンナに見たものー」(『演劇学論叢』 14号、2015年)、「生の救済の試みとしての「未来の舞踊」構想—ジャック=ダルクローズとホーフマンスタールの"リズム"に対するアプローチの比較—」(『舞踊學』28号、2005年)
概説・一般書
事典項目「モダンダンス」(『ドイツ文化事典』丸善出版社、2020年)、論考「記録メディアとしてのパフォーマンス台本に関する試論 ――維新派『nostalgia』の上演台本の創造性――」(『漂流の演劇:維新派のパースペクティブ--』大阪大学出版会、2020年)、論考「クリストフ・シュリンゲンジーフとヒトラー 欲望と注視の再分配」(『ナチス映画論 ヒトラー・キッチュ・現代』森話社、2019年)

2023年 3月更新

准教授 東 志保

あずま しほ
1979年生。国際基督教大学比較文化研究科博士前期課程修了(比較文化)。パリ第三大学映画視聴覚研究博士(Docteur en Cinéma et Audiovisuel)。大阪大学文学研究科助教を経て、2021年4月より現職。
専攻:映像研究、比較文化論
p_azuma2021.jpg
研究紹介
専門は、フランス語圏を中心としたドキュメンタリー映画の研究ですが、特に間メディウム的な映像表現のあり方に関心を寄せています。フランス留学時代から、クリス・マルケルという映像作家の研究を続けていますが、近年は他の作家にも対象を広げて、映像における美学と倫理の共存や映像と言葉の交錯について考察することを課題にしています。
メッセージ
現在、動く映像を見るということは特別な経験でも何でもなくなってしまいましたが、その成り立ちやあり方は「近代」を生きる私たちの思考や経験に大きな影響を与えています。純粋に映画を楽しむことは、映画の歴史を学んだり、映像を分析することとは相容れないように思うかもしれません。しかし、映画を見る喜びから、世界への探究心も生まれるのです。スクリーン(あるいは画面)の中と外を繋ぐような視点をぜひ養っていただければと思います。
主要業績
『ジャン・ルーシュ:映像人類学の越境者』(共著、森話社、2019年); 「ヨリス・イヴェンスのエッセイ映画―『セーヌの詩』から『ロッテルダム・ユーロポート』まで」 『Arts and Media』 9号(2019); CinémAction n°165 Chris Marker : Pionnier et novateur (共著、Edition Charles Corlet, 2017);『クリス・マルケル:遊動と闘争のシネアスト』(共編著、森話社、2014年)
概説・一般書
『未来の記憶のためにークリス・マルケルの旅と闘い』(共編著、山形国際ドキュメンタリー映画祭、2013年)

2021年 6月更新